(財)国際交通安全学会/椛ケ害保険ジャパン 顧問 小 林 實 1.安全という概念 2002年度の全国の交通事故による死者は、24時間統計で8326人と一昨年に続き8千人台を維持している。しかし、人身事故全体を見ると年間約5万人にも達する重篤者を含め100万人以上の人が何らかの被害を受け、しかも今後その数は上昇する傾向にあることが危惧されている。 人身事故の数が増えつづける背景には、ハードとしての車両の持つ安全性の向上、救命救急システムの改善などを受け、従来であれば死亡事故とされたケースも負傷事故にとどまっていることにも起因するが、安易な道路利用者の持つモラルハザードが事故防止への意識の低下につながっていることも無視出来ない。しかも、こうした事故の中で運輸業をはじめとする企業での重大事故が後を絶たない。この意味でも企業の持つパワーによってさらなる安全の確保への努力を推し進めなければならない。 そもそも安全の概念とは「許容範囲にある危険を含むもの」であり100%の安全性は保証していない。勿論、原発や航空機のように安全基準を極めて厳しくとっている領域もあるが、道路交通の場にあってはその許容範囲が比較的大きく、個人差も著しい。 文明の利器というのは利便性と同時に危険性を含むいわば両刃の剣であり、利便性が高いとリスク(危険性)を軽視する傾向がある。たとえば、自動車がそうであり、新幹線の利用者は無事故記録の陰にある「きめ細かい安全管理」を忘れ、便利さのみを強調しがちである(よく交通事故死者数をジャンボジェットにたとえて比較するケースがあるが、リスクの形態が違い、かつモードの異なるジャンボ機の事故と自動車事故の発生を比較してもあまり意味ない)。 「今日も安全運転で行こう」という言葉の響きはやさしいが、何をもって安全運転というか、その持つイメージには個人差が大きくさらに何をすべきかの具体的イメージに乏しい。 ![]() 2.安全管理とリスク管理 安全管理とは、企業の業務推進に不可欠な、車両の安全運行を確保するためのすべての仕事を指し、よく「健康管理」という言葉と比較される。健康管理は健康を維持するための必要な知識をもち実行し、これを習慣づけることで、生活習慣病の排除という「積極的な状態」を目指す。安全管理の場合にも同様な積極的なスタンスが欲しい。 安全管理というと、かつては『起きないように』という事故防止に力点があった。企業は多くの場合、安全よりも事故防止を優先させ『何とか事故が起こらないように』を願い、発生した事故の原因は運転者個人のミスとして片付けられた(個人責任)。しかし今日では、企業責任としての管理の不適切性というものが事故の大きな原因としてクローズアップされている。 リスクとは本来、「自己の責任における冒険」という意味があるが、地震などの天災では何の前触れもなく発生しがちであるのに対し、人災や事故には前兆があり、危険の及ぶ範囲もおおよそ予測可能だといえる。つまり、自分の選択した行動の結果として、どの程度の成果が得られるか、また逆にどんな損失をこうむるかをある程度予測できる。最近いくつかの事件で明らかな通り、リスクが顕在化したにもかかわらず、これを隠すといった企業体質がリスク管理上の問題であり、「危険を危険と見なくなる危険」こそ排除されねばならない。 このように、リスク管理とは、ある程度発生するであろう事故やインシデントを想定した万全な対応をすることにより、被害の拡大に歯止めをかけることを意味している。具体的にはリスクを抽出し最小のコストでそのもたらす悪影響(不利益)を除去することである。これは、いわゆる初期消火に失敗しないことであり、人間特有の「冒険心」(ヨット,山登りなど)を車の管理に持ち込まないことが肝要である。 ![]() 2−1 なぜ交通での安全管理が必要か? ・ 運転拘束時間(暴露度)が高く精神的負担度大きい(健康管理 ストレスに注意) ・ 一般運転者に比べ高度な運転能力が必要 ・ 公共の道路を使い利益をあげており、他人との係わり合いに十分な注意が必要 ・ 工場内の作業環境に比べて道路環境は不測の危険がいたるところにあり、いつ顕在化するか予測が難しい(リスクの特定が困難) ・ プロであるがゆえ他の注目を浴び模範とならねばならない(看板を背負っている) ・ 事故によるロスが企業経営を圧迫している(経費節減) この他「第三者への迷惑」といった間接ロスも発生しやすい。 2−2 交通におけるリスク管理の難しさ @ 事故がないことは当たり前であり 事故防止は目立たないことであって 企業家、投資家の注目を集めにくい(儲かる話でないと無関心) A 交通場面でのリスクの特定が難しく(外的基準がない)、逆に偶発的要因が多い B リスクが拡大しないと予想(リスクの許容度が高く、事故はせいぜい「物損」程度との発想があり、リスクをコントローラブル(制御可能)だと決めてかかりやすい C 自己流に構築したシステムに拘泥し、普通にやっていれば大丈夫であり、事故に遭うのは運の悪い人か運転技量の低い人と考える(自己別在の心理) 3.管理目標値の設定 原発や航空機事故のように被害が拡大するリスクに対しては許容量を厳しくとっているが、自動車事故は個人の関与できる範囲が広く、また確率的に発生の度合いも高いため許容範囲は大きくなる。 企業にあっては許容量をどこまで置くかは一つの『目標管理』となる。 従来の到達目標のとり方は、前年比10%減であるとか100日間無事故宣言といった形で立てられるケースが多いが、これであると企業間の比較が出来ず、単なる内部的目標に過ぎない。これに対し目標管理とはその組織にとって『努力し、近づき、到達すべき何か』を指し、組織全体としての総合改革をいう。 事故のない優良企業の場合、皆が無事故の「勲章」におぼれやすく、目標設定が難しくなり、トップは「よくやっているね」とほめる。しかし、結果として危険感受性の低下(東海村の事故、食品事故のような)が生じやすく、何か発生するとその修復に時間もかかる。 ・ 目標の立て方の一つとして、たとえば走行億台キロ当りでの事故率を とれば車の走行実態を反映した具体的な姿が浮かび上がる ・1万台の車が年間平均1万キロ走ると1億台キロ ・1台の車が年間平均100キロ走って100台キロ (一般事業所では100万キロをベースとしたい。100台が1台年間 平均1万キロの走行、50台で2万キロの走行に相当) ![]() 達成目標値の置き方として100万台キロ当たりの事故率を上記の幅に抑えることは達成不可能ではないが、保有台数の少ない企業によってはあまりタイトな目標値を求めることには問題がある。また、前年に比べて増えた、減った というのは情報としての価値は低く、どんな事故がどのように発生したかを問題としたい。中小規模の事業所では5年程度のスパンでの傾向をつかむ必要がある。 4.安全管理の対象 原則的に4つの対象がありこれらは相互に関連しあっている @ 運転者管理 交通事故の80%はいわゆるヒューマンエラーから発生しているがこの管理が最も重要であると同時に極めて難しい管理でもある。 ・個人差が大きく、ものの捉えかたをはじめ、性格、素質、態度、経験、健康などが一つ一つ異なる ・一匹狼的発想が強く自分は自分という考え方、人の意見に耳を貸すといった態度が十分出来ておらず、とかく『自己中心的発想』になり勝ち
運転者に対する個別指導、教育を進めると同時に、同じ意識を共有するという意味からも集合教育の効果も見逃せない。これにより、 運転者それぞれの持つ『物差し』の統一がある程度図られる。ことに、いわゆる新人や若年層とベテランとの間の意識のが激しい場合、意思の疎通が図られにくいことも事故の潜在的要因になりかねない。教育の効果が見えてくれば、それがプロドライバーとしての自覚と自己改革に向かせる動機付けになるはずである。 また、自己管理の一つとして適性診断を実施して、自分の持つ欠点を理解させることも大切で、問題はこうしたプロ集団に対する教育がいいかげんで場当たり的な教育を強制したとしても効果は薄い。 企業規模の大きいところは専門グループによる的確な教育がなされやすいが、中小企業の場合必ずしも十分な対策が講じられていないのが現状である。理想的には『安全を自分の問題として考え且つこれを作り出せるドライバー』というものを目指したい。換言すれば「事故を防ぐ」というのは消極的戦術であり、ここから「安全を創る」という積極的戦略への発想の転換を期待したい(自己実現の欲求)。 例)痛風という贅沢病には痛みを和らげるという対処療法では再発のチャンスが大きく根本的な治療が必要 A 車両管理 車や設備への十分な理解、積荷の特性(荷崩れ防止) 自然の法則への理解 モラルハザード発生の抑止 フォークリフトの扱い方 B 運行管理 安全且つ効果的な車両の維持管理とエコドライブの効用 構内事故防止 C 環境管理 道路、気象状況の把握 職場環境 家庭、地球環境(アイドリングストップなど)
5.運行形態別の安全管理 @ ルート運行 ・ 配送時間の制限(ジャストインタイムの要請) ・ ルートの標準化(行動予定の確立) ・ 学童の通学時間帯を避ける ・ なれた道でも生活道路を避ける ・ なるべくバックしないような運行経路をとる ・ 危険マップによる危険の共有(ことに新人) ・ 時間的の余裕のある運行計画 ・ いつどこへ配送するかの明示 ( 数ヶ月に一回運行実態の把握とそれによるルート改善) ・ 疲労管理(セールスドライバーの付加作業) スピード管理 A 営業運行 顧客の都合での運行のため運行計画が立てにくい→ 営業優先から安全運行優先へ 3Kの追放 管理者とのコミュニケーション 駐車の問題 携帯電話 バックの危険 エコドライブ ルートの確認(未知のところあり) B 本支店間の連絡業務 支店間の格差を極小化(定期的なミーティングと報告) 本社による巡回指導(業務監査に車両の管理も含める) コミュニケーション(ガソリンの購入費の削減による経費節減) C 協力会社(建設工事などの下請け) 工事現場での潜在的なリスクを認識 現場での安全管理を含めて安全パトロール 通門管理 公害防止パトロール D 直行直帰型 安易に認めず許可制とする 持ち帰り車両の駐車場確保 電話等による密な連絡 私用厳禁(企業責任の追及) 車両管理の目が届きにくくずさんになり勝ち E マイカー通勤 管理規定の整備 許可制 駐車スペースの確保と整然駐車 通勤路の確定 グループ別管理 家庭巻き込み型管理 6.リスク管理の流れ(PDCA) 1.リスク要因の拾い出しと分析(P) a. 車本体の持つリスク 運転席からの視界特性 後方の視界不良 ミラーによる錯覚/誤認 連続高速走行によるタイヤ磨耗 フロントグラスのひび割れ 車両盗難 ブレーキ b. 道路施設関連リスク 長い下り坂 路面状況 信号機/標識 複雑な交差点 合分流 横断歩道 カーブ 視距 トンネル c. 運転者関連リスク 気づかない危険行動 行動の背後にある心理メカニズム 慣れと省略行動 違反による免停(リスクの保有) バック事故(頻度低いが強度高い) ![]() 2.リスク要因の処理(D) a. リスクの制御(コントロール) 防止→ 教育・指導によりリスクを事故に転化させない 「事前の1策は事後の100策に勝る」 軽減→ 事故による損失を最小化し事故の強度を下げる 回避→ 配置転換などで運転のリスクを回避 このほか下請けなどへの「移転」や「分散」 b.リスクファイナンス(財務)* 転嫁→ 自動車保険、共済,基金等で事故コストの一部を 費用化し社外に転嫁 保有→ 不特定の財産を担保 何らの引当もしない場合 準備→ 準備金,自家保険など(多くの場合保有に入れている) この二つで事故による休業やロスタイム、免許停止 によるリスクを保有 注)リスクファイナンスですべてカバーされているという誤解が ありこれより漏れた部分にどのように対応するかが一つの鍵。 ![]() 一般のリスク管理ではリスク制御のうち『防止』が比較的小さく扱われ『軽減、回避』と同レベルで扱われている。交通リスクには防止の拡大を図らないとリスクファイナンスでの『転嫁』を重視してしまい、結果的の発生を抑えることにならない。転嫁はあくまでも制御不能部分が生じた場合の手段と見るべきである(損害率が高く保険料が年々上昇するコストのかかる物流企業も多い)。 また、物的リスク,人的リスクの管理のほか『責任リスク管理』も大切となっている。つまり、リスクにあふれた21世紀では、事故が経営責任、社会問題化していることを重視したい。 3.実施結果の評価(C) 数値による客観的データ 管理者の総合判断 4.新しい目標の設定と実施 (A) 数値目標をたてる 実現可能な目標 企業におけるリスク管理の方向をみると、全体としてシステム的なRMに欠け、局所的(テーマ別)にフォローする傾向があり「モグラたたき的リスク管理」のスタイルといえる。これに対し、各層でのPDCAの阻害要因を拾い出すことが必要であり、従来の「保険依存型RM」(モラルハザードの発生)から「経営戦略型」への転化が必要である。 情報システムのリスク管理: @ 方針 (whyとwhat の明確化) A それに即した戦略 (where: 対象領域 who: 体制 when: 実施時期) B 戦術(how)を考える ![]() 7.おわりに 1. 労働災害の中で交通労働災害は群を抜いて発生率,致死率ともに高い。ことに規模別にみると中小規模で管理の不充分のところで発生している。仮に事故の規模が大きくなると会社の存亡にかかわるリスクとなる(人身事故発生率 大型1/27 普通乗用1/57)。 2. この不況下で安全への投資が厳しい。安全にはコストがかかるがそのコストを削減すればその反動は事故多発の職場と化し、悪循環を生む。 3. ドライバーの構成を見ると、高齢化が進み若年層の不足が目立ち、パートタイムなど臨時職員の採用も進む。こうした雇用状況の変化に伴う健康管理を含めた管理の在り方、事故タイプの変化などに注目しなくてはならない。 4. 場当たり的でなく健康管理的アプローチをしているか。「起こすな、起こすな」よりも起こしにくい体質への方向転換が大切で、体力があれば少々のトラブルも解決できる。(上手くいっているときこそ声を出すと見えないものが見えて来るはず) 5. 事故を起こしても会社が面倒を見てくれるという、安易な考えを持つドライバーがまだ後を絶たない。こうした甘い考えは事故発生を助長する以外の何物でもない。企業の社会的制裁が強化されているという風潮とともに、身内に甘い考えは排除しなくてはならない。 6. 悪質な運転行動は一般により摘発される。通信手段が進歩した今、簡単に悪質な行為は通報され、得意先からの商談が破棄されるケースもある。 7. 三次産業ことにサービス業では二次産業の機械設備にあたるものが社員の働きである。 したがって、ドライバーの使命は、自分で何でもやりこなせる「自己完結型」であり、組織の中での自分の存在を感じることが出来なくてはならない 8. 形式的安全論から本質的安全論への転換を図ること。一時停止、二次停止が形式だけに終わっていないかどうか、バックセンサーとモラルハザードの問題にも注意したい。 「今日も安全運転で行こう」では具体的なイメージが沸いてこないし、シートベルトやエアバッグは事故防止そのものに役に立たないことを教えるべき。 9.管理者の犯すミスというものは予見性が大きく準備体制がとり易い。これに対し運転者の犯すミスというものは瞬間的であり予見性は少ない。管理の手抜きというものはしばらく持続効果はあるがその後必ずポカリが来ることを知っておく。また、反対に運転中の手抜きはたちまち事故に早変わりすることを周知徹底したい。 10.「安全組み込み産業」としての意識(食品産業と同じく他人様の命に関わる商売)と地域で稼がせてもらっているという意識(地域密着型産業)を大切にしたい。 〈お問い合せ先〉 交通教育センターレインボー〈埼玉〉フォーラム事務局 〒350-0141 埼玉県比企郡川島町大字出丸下郷53−1(担当 小林、安齋、徳石) 定休日:月曜日 TEL 049-297-4111 FAX 049-297-6273 E-mail:tec-forum@tec-r.com |