自動車の安全技術の進歩と将来展望

東京電機大学理工学部知能機械工学科 教授

工学博士 佐野 彰一

1960年東京大学工学部航空学科卒業後、本田技研に入社本田技術研究所・設計部門にて63年からF-1車両のモノコックボディ、シャシーを設計。67年英国ローラ社に滞在F-1足回り設計を担当、設計車両がイタリアGPにて優勝。72年研究部門に移り、実験安全車のプロジェクトリーダーとしてエアバック、4WS等の先進技術の研究・開発に従事、先進安全自動車(ASV)プロジェクトリーダー兼自動車技術会編集担当理事。80年から三重大学工学部・96年から熊本大学教養学部で非常勤講師。99年退社後、東京電機大学教授、海外でも講演活動をおこなっている。 著書には、「セーフティードライビング」 「安全運転のための知識Point」などがある。

自動車の安全技術の歴史から21世紀の安全を展望する
本日は、まず自動車の安全技術を振り返り、その成果と課題を確認し、21世紀の自動車の安全技術を含めてどういう方向に向かうのかを、考えてみたいと思います。

自動車の安全の起点となった連邦自動車安全基準
安全の先進国はやはりアメリカです。1960年代当時ケネディ大統領は人類を月に送るために、多くの費用と優秀な頭脳をつぎ込んでアポロ計画を進めていました。ところが一方ではアメリカ合衆国の地上では毎年5万人以上の人が毎年交通事故で死んでいました。その矛盾に気付いた人々が交通事故の減少・防止のための草の根運動がきっかけとなってアメリカ政府を動かし以降の世界中の自動車設計に大きな影響を与える連邦自動車安全基準が設定されました。その活動は世界中の自動車産業国を交えてプロジェクトがスタートしました。

事故発生の前後で分類した画期的な安全対策
アメリカ政府が制定した連邦自動車安全基準は投当時考えられるかぎりの安全対策を、事故発生と事故発生後の時間経過に基づいて分類して網羅した画期的な規定でした。最近、日本でも安全を0次安全から3次安全間で4つに分けて考えられています。0次が予知・予防安全、1次は事故が起こりそうになっても避けるという、かなり時間的にも空間的にも事故に近い範囲の安全です。2次は衝突した瞬間の安全、3次が救急、被害拡大防止というように定義されています。

90年代に大きな進化を遂げた衝突安全
話を歴史に戻します。70年代から80年代は予防安全ではドライバーが自分の目で自分の運転する車や環境、道路等を確認する手助けとなる対策を充実する方向でした。衝突安全では正面衝突のときにシートベルトで乗員の障害を軽減することに焦点がおかれました。90年代には予防安全としてABSが導入され、衝突安全ではエアバッグも使われるようになりました。また、衝突安全では正面衝突だけを規定していましたが、側面衝突対策も義務づけされるようになりました。さらに、正面衝突のうち半分を占めるオフセット衝突については消費者団体が独自に試験法を作って試験を行い、その結果を一般の雑誌に公表しました。この情報が出ると安全性の低い車は売れなくなってしまいました。これは法規制でなかったにもかかわらず世界中の自動車メーカーがオフセット衝突に対して対策をせざるをえなくなったのです。

道路と車を知能化する新しい予防安全の可能性
その他に90年代には自動車の安全性を向上させる大きな2つの動きが起こっています。1つは先進安全自動車ASVです。これは交通情報やナビゲーションの情報を使って安全性を高めようという0次安全(予知・予防)の部分が、大変新しい分野になっています。2つめは道路と車を知能化して、相互に情報を伝えあうことで運転者のミスをカバーして事故を防ぐ、最終的には全自動運転にする、というITSの研究は世界的にプロジェクトが展開されています。

技術を活かすためのドライバー教育の必要性
次に、これまでの安全対策の成果と今後の課題について考えてみたいと思います。 自動車の安全性は飛躍的に向上しましたが、期待通りの成果が得られないものもありました。それは、エアバッグとABS(アンチロックブレーキ)です。なぜ効果が上がらなかったかというと、どんなに安全装置であってもその機能や特性を良く理解して、正しく使うための教育が行われていなければ効果が引き出せないのです。これは安全のハイテク技術をつけていれば安全性が高まって事故が減ると思っていた人たちにとって大変なショックです。アメリカでこの結果が発表された後に議論がありましたが、新聞では1番の解決策はABSの作動を体験させることだと掲載されました。雪や雨の日に急ブレーキをかけながら安全な広い場所で段ボール箱を障害物に見立てて急ブレーキをかけながら衝突を避ける練習をするということを勧めていました。これは大変適切なアドバイスだと思います。

誤った使用によるエアバッグの危険性
一方エアバッグは米国では早くから法規制化されており米国運輸省が発表したデータではショッキングなことが判明しました。それはエアバックが作動したことで、命を落とさず助かった方が5000人います。しかし、逆にエアバッグが開いたことで命を落としてしまった方が150人いたことです。内容を見てみるとシートベルトをしていなかったことが原因によるものが最も多くなっています。エアバッグは、シートベルトをつけているから有効であって、ベルトをつけていなければ逆に危険なのです。しかし、このようなことが解ってから最近では闇雲にエアバッグの展開スピードを速くするだけでなく、各自動車メーカーは一番効果的な速度で開くエアバッグを開発しています。しかし、大切なことは、正しい運転姿勢を保つと共にシートベルトをきちんとするなど被害を避ける知識を普及させることが必要なのです。

将来、地球環境を考えると車は小さくなる
世界的に自動車の保有台数が増えると地球温暖化という地球規模の問題が出てきます。今のところ解決策として2つの流れがあります。1つは温暖化の原因となる二酸化炭素あまり出さない燃料で走る車を開発しようという動きです。もう一つは燃費を良くして、排出する二酸化炭素を減らそうという、方向です。1つめの方向で一番期待されているのは水素を燃料とする燃料電池自動車です。2つめの方向は電気推進とガソリンエンジンのハイブリッド車でしかも車全体を小さく軽くして燃費を良くします。つまり、地球環境を考えるととにかく車は小さく軽くということが21世紀の自動車の流れになるわけです。ところが一方貨物車は燃費を良くする努力はしても基本的には荷物を運ぶものですから、どうしても大きくなってしまう。そうすると衝突安全の面で、大きな車と小さな車との問題が大変深刻になってきます。

予防安全が重視される21世紀の交通安全対策
今までの自動車の安全は、事故が起きたときにできるだけ危害を減らそうという衝突安全が重視されてきました。ところがそれには限界があります。解決するには事故そのものを起こさないという予防安全の方に力を入れていかなければならない。日本のITSプロジェクトでは9つの開発分野で20の利用者サービスを考えています。その中で安全運転の支援という分野が、今後事故を減らすことに役立ちそうだという期待があります。道路にセンサーをつけて電波で車と道路の情報交換をして、カーブや交差点で死角から車が来ているなど危険警告を出したり、路面の凍結などの走行環境情報を提供するなどが考えられています。これは、居眠りして追突するとか、出会い頭事故の衝突事故を防ぐには有効ですが、センサーの精度の問題や警報装置を同ドライバーに伝えるかといった問題があります。更に全国すべての道路につけるには膨大な費用がかかります。仮に装置を配備できたとしても装置に依存するあまり、装置の無い場所では事故増加の可能性もあります。

先進の安全技術では解決できない、やはり運転者教育に尽きる
本日は安全技術について、1960年から21世紀の未来まで色々な問題点や今後の展開を展望してきましたが、地球環境の悪化を防ぎながら、人間を排除できない自動車の安全を高めるということは、結局、ハードウェアの技術進化だけでは限界があるわけです。やはり、人間との最適なインターフェースを実現するソフトウエアと、技術の進歩に歩調を合わせた、ドライバー教育が必要だということになります。 これからここにお集まりの皆さんの役割はこれからも決して軽くはならないと思います。

参考資料:2001トラフィック・セーフティ・フォーラム報告書より抜粋

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